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「墓穴を掘る」の意味と使い方・由来・墓穴を掘る人の特徴

Author nopic iconmachiko.m
カテゴリ:言葉の意味

更新日:2020年08月21日

「墓穴を掘る」の意味と使い方・由来・墓穴を掘る人の特徴

「墓穴を掘る」という言葉の意味と使い方

「墓穴を掘る」という言葉を見聞きしたことがありますか。読み方は「ボケツをほる」となります。「みずから墓穴を掘る」という言い方もあることから、字面を見て大体の意味を想像できるものの、実際にどういう使い方になるのかがピンとこない人も多いのではないでしょうか。

ここでは「墓穴を掘る」という言葉について、まずは実際の使い方から見ていきましょう。

「墓穴を掘る」とは?

「墓穴を掘る」という言葉にある「墓穴」とは、見て字のとおり「お墓の穴」のことで、棺や骨壷を埋めるための「はかあな」や「つかあな」を指します。

ここでいう「墓穴」は、もちろん人のために掘るものではなく、自分を埋葬するための穴で、その墓穴を自分で掘るということから、自分で自分を滅ぼすような原因をつくる例えとして用いられています。

「墓穴を掘る」の使い方

実際に「墓穴を掘る」という言葉を使った例文は次のようになります。

・「聞かれてもいないことをしゃべり、結果的には墓穴を掘ることになった」

・「それは墓穴を掘るに等しい行為だ」

・「策を弄して墓穴を掘ってしまった」

・「犯人しか知らないことを口走るとは墓穴を掘ったようだ」

・「言わずもがなのことを言って墓穴を掘った」

いずれの場合も、言わなくてもいいことやしなくてもいい行動がアダとなって、結果的に自分の身を滅ぼすことにつながった場合に用いられています。

「墓穴を掘る」という言葉の由来

次に「墓穴を掘る」という言葉の由来について、再考してみましょう。

「墓穴を掘る」という言葉は、「自ら墓穴を掘る」「自分で自分の墓を掘る」といった言い方にもあるように、自分を葬るための墓の穴を自分で掘ってしまうという意味からきています。

では実際の儀式としての「墓穴を掘る」という行為について、民俗学的な見地で少しみてみましょう。

葬送儀礼における「墓穴を掘る」とは?

埋葬のための墓穴(はかあな)を掘るという本来の行為そのものは、元来は葬送儀礼の中でも近親者の役目であり、地域によっては講や組仲間と呼ばれる地域的な組織内部の仕事とされています。

一部には特別な専門集団に委託するという風習をもつ地域もありますが、一般的にそうした野普請は、「墓穴掘り」「穴掘り」というようにさまざまな名称で呼ばれ、一連の儀式において神聖な役割を担っています。

ところがいずれの場合も、「墓穴を掘る」という行為は当人が亡くなってから行われるものであり、当たり前のことながら掘削作業自体に埋葬者本人が関わることはあり得ません。

もっとも歴史的に見ると、古代の権力者が行ったように生前に自分の墓を作った例もありますが、それは自分の権力を誇示するための行為であり、まして自分の手による作業でもありません。

「墓穴を掘る」という言葉の表すもの

このように見てくると、儀式としての「墓穴を掘る」行為には、本来自分自身が関わることはあり得ません。

ただ、ごくまれに自分自身が関わる場合も考えられます。それは、自身で死期を悟りかつ周囲の手を煩わさないように自分で自分の埋葬場所を用意しておくという場合です。昔話や民話などでは見られなくもない話ですが、通常は考えにくいことです。

そうしたことをふまえて言葉の意味を再考してみると、あり得ないことが起きてしまうという意味合いも含めて、「墓穴を掘る」という言葉が「自分の行為が原因となって破滅する」「自ら滅亡する方向へ進んで行く」例えとして用いられるようになったと言えます。

「墓穴を掘る」の他の言い回し・類語

それでは次に「墓穴を掘る」という言葉に似た意味を持っている言葉や、同じような使い方をする言葉について見てみましょう。

「墓穴を掘る」と似た意味のことわざ・慣用句

まずは、「墓穴を掘る」と似た意味のことわざや慣用句を挙げてみます。

「身から出た錆」/「身から出た錆は研ぐに砥がない」

・身から出た錆

「外から付いたのではなく、それ自身から生じた錆」という意から、自分の行為の報いとして自分が災いに遭うことや自分の悪業の結果として自分が苦しむことを指します。

・身から出た錆は研ぐに砥がない

「身から出た錆だけは研ごうにも砥石がない」という意から、自分で招いた災いはどうにもしようがないという意味となります。

いずれの場合も、「身」は本来刀身を表し、外部から受けた表面的な損傷ではなく、刀身自体から生じた錆によって刀が腐っていくという意から生まれた慣用句です。

転じて、「身」は「その人自身・自分自身」の意に用いられ、「錆」は「災害や苦難」と解されることによって、自分が犯した過失や悪業の報いから結果的に自分自身が災いを受けて苦しむはめになることを表します。

「平家を滅ぼすは平家」/「驕る平家は久しからず」

歴史的にも有名な源平の戦いから例を引いたもので、平家を滅ぼしたのは平家自身のおごりや悪業からであるという意から、自分を滅ぼすものは自分自身であるという例えとして用いられます。

「百里来た道は百里帰る」

初回公開日:2018年03月24日

記載されている内容は2018年03月24日時点のものです。現在の情報と異なる可能性がありますので、ご了承ください。
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